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最終更新から2年と3ヶ月…
最後にブログを書いたのがつい最近に思えるのは幸せなことなのかもしれません

前回の記事でも触れましたが更新が滞っている間、見え方は医学的には問題なしの状態でした

医学的には…

患者目線から言うと問題ありありでした
ここ数年で強度近視では珍しい老眼が出始めて近くも遠くも見えない状態に。
それに追い打ちをかけて、硝子体剥離が起こり視野をますます圧迫していきました

硝子体剥離はもともとゼリー状だった硝子体が老化などで徐々に液体化し、萎縮した硝子体が網膜から剥がれるものです
強度近視の場合、年齢関係なく起こる可能性が高まります

なのですが…
この硝子体剥離、治療法はあります
…が、通常手術を受ける人は極々一部の患者さんだけのようです

というのも人間の脳は慣れる事に長けていて、自然と気にならなくなるから。
そう言われてみれば発症当初より気にならなくなったような…
でもやっぱり、視線と一緒に動く黒い点の散らばりはうるさいです

さてさて、ブログタイトルにも書きましたが、某テレビ番組や出版本でも人気の有名な先生がいる眼科に行ってきました

ネットでも『黄斑変性は治療出来る』など書いてある有名眼科

私は患部が黄斑にどストライクに当たった為、左目は文字を読み取ることが出来ない症状ですが、ネットにとても期待出来そうな治療法が載っていたので思いきって診察に行ってきました

その治療法は黄斑移動術
デメリットは二重視や網膜剥離などありましたがそれでもまた見ることが出来るのならと行ってきました

先に結果を言ってしまいますが、私の目は経過観察以外手はないそうです
今現在黄斑移動術をする医師はおらず、それはもう15年前からする医師はいないと…

私、病気になってたくさん苦しんで、あぁ、もういっかぁ、って気持ちになっているので期待はしてなかった…と言ったら嘘ですけどね?(笑)
でも、何か一つでも手があるんじゃないかって患者さん、たくさんいると思うんです
だから、今治療してない治療法は削除しましょうよ…なんて強く思っちゃいました

そんなわけで今回行ってきたのは無駄になっちゃったわけですが、診て頂いた女医さんがカルテ見ながらしきりにため息と病的近視かぁ…と患者を目の前にして言っていたのは複雑でした

こっちがため息つきたいわ!ってね?(笑)

結局、この眼科には今回限りで通院することはないです
また北先生にお世話になります

女医さんと過去の手術歴を話していた時に発症当初、なぜ注射(たぶんアバスチン系のことです)しなかったのって言われました
その頃、PDT(レーザー治療)が最先端で…って思ったらアバスチンの研究治療はすでに始まってたんだって思い出しました

私は発症から前向きに貪欲に?(笑)治療法を求めて病院を転々としてきましたが、それでも足りなかったんだなって思います
後悔してないと言ったら嘘になるけど、頑張った結果がこれなんだなって複雑な気持ちになりました

同じ人間なのに見える人見えない人がいる、幸せな人不幸な人がいる
幸不幸は気持ちの問題なんていう人もいるけれど、やっぱり私は見えていたかった
クリアな世界を、たくさんの星空をこの目で見ていたかった

あーあ、感傷的(笑)
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2016.02.18 4年とその後
こんにちは。
ふと気づいたら最終更新日から4年と2カ月もたっていました。
いつも励ましてくださっていた方、こんな場所を頼って下さっていた方、皆さんお元気ですか?

こんな事を言うと申し訳ないのですが、ずっとここの存在を忘れていました。
病状は相変わらずの経過観察で約4カ月に一度、北先生が移動したタイミングで病院を変更して今も北先生に診て頂いています。
4年の間、何もなかったとは言えませんが病状は安定しており、特に治療が必要なことも起こっていません。

発病当時はあんなに落ち込み、気になっていた暗転も私の中に溶け込み、見え方は変わりなくとても見えにくいですが仕事もなんとか楽しめている近況です。

こんな状態なので、最新の治療法やリアルタイムの病気に関する話には疎くなって、ここを頼って下さる方がまだいらしたら本当に過去のあがいて見苦しかった私しかお見せできないのですが、少なくともその痛みや不安は受け止めることが出来ると思います。良かったら吐き出していってほしいなと思います。

ここにきて、昔の自分をみて、あぁ、なんか頑張ってるなぁって思いました。
答えを探して、不安を拭いたくて、一生懸命頑張ってたんだなぁって。

最近、この頃の強がるしかなかった自分に戻るのはしんどくて、理由をつけては感情を押しつける日々を送っていました。
感情を押しつけるという事は受けとる相手がいるという事。
その相手の気持ちを無視して私はただ押しつけていた。

押しつける事はとてもラクです。
たいした努力もせず言い訳ばかりの日々はとてもラクでしんどかった。

そらいろのたね。というサイトがある事を、自分に無理矢理でも挑戦し続けていた頃があった事を思い出させてくれた方に感謝します。

私はあの頃と何も変わっていない。
ただ、年月が過ぎて、いろんな経験といろんな思いを知り、冷静に見られる状態なはずで、それが出来ていない私はまだまだいろんなところに甘えているんだと思いました。

結局何が言いたいのかいつものように支離滅裂ですが「お久しぶり」と伝えたかったんです。

4年って長いようであっという間ですね。
とってもとっても久しぶりの更新です。

人間関係からのストレスで昨年末に仕事を辞め、暫くのほほんとしていたのですが、また仕事を始めたのが9月。
それからちょうど3ヶ月がたとうとしています。

仕事を始めようと思いたってからいくつも面接を受けたものの、年齢とこの不況、パートでも決まるまで大変でした。

馬鹿正直に目に障害がある事を言って落とされた事もありました。

本当はいけないのだけれど、今の会社には目の事はふせています。同僚にも内緒です。

障害者になりきれない中途半端な私には仕事を得る為には仕方ない事でした。

そんな人が全国にはたくさんいるんじゃないかな。

目に限った事じゃなしに、表面的には理解されない病気の人。
いくら伝えてもわかってもらえない事。

そんな時、近くに理解者がいたら、それだけで頑張れる、頑張ってみようと思えたりする。


ちょっと昔話。


私は、発症当時、理解者がいなかった気がします。
自分には目に見えてしまう事だったから、朝でも夜でも目をつぶっても、ただただ不安ばかりが重くのしかかって、潰れかけました。
どうして行動的になれたのか、そういう「いざ」に強いのかどうかは不明だけれど、インターネットがなければ今の私ではなかったと思うのです。

不安を自分の手で解消する、その一つ一つの作業が、目が疲れようとも、病気を認める作業そのものになっていたのかもしれません。

だから今1番の理解者は私自身。


現在、左目に出血がみられます。
それでも、左目はすでに中心は見えていないので、経過観察だけです。

経過観察(様子見)
この治療(治療?(笑))には発症当初不安倍増させられました。

こんなに見えないのに何もしないって自分の中では有り得ない事だったから。

たくさん身を削られたけれど、今はなんだか大丈夫。

相変わらず見えてないけれど(苦笑)


全国の戦友さんたちへ

まずは自分の1番の理解者になってみる。
そして病気と友達になってみる。

嫌いな人の事は知りたくもないけど、嫌いな人がついてまわるなんてストレスでのびちゃう。

逃げられないのなら自分が変わるしかないと思うんです。


…なんて、人間関係のストレスで仕事辞めた私が言うのもなんだけど。

でも、それはそれで、いい経験になったなって思ってます。

私、頑張ったもの(笑)

そんな事で、取り留めもなく近況と昔話でした。

そしてあっという間に一年が過ぎていく年の瀬。

よいお年を!
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